入試問題と著者

[KOK 0096]

23 Feb 1999


4年ほど前に「月刊みんぱく」という限られた会員しか読まない小冊子に「サザエを見る目」というエッセイを書いた。

ソロモンの村に常にほかの人より多くのサザエをとる女の子がいた。サザエをとるという点において、その子のまなざしには他の人と絶対的にちがうなにかがある。これと同じように、経験世界によっていわば相対的に形成される美や超自然的な事象に対する認識も、個々の文化の中では理解の深さの絶対的なちがいがあるはずである。人類学の文化相対主義の限界は、この深さをないがしろにする点にある。とまあ、こんなこまっしゃくれた理屈を、平易な文体に包んで書いたものである。

その一部が、平成9年度の学習院大学法学部の入試問題に使われていたらしい。もっとも学習院大学の問題作成者から直接連絡があったわけではないので、とりあえず「らしい」というよりほかない。最近になって、ある出版社から、さらにその入試問題を「受験参考書で利用したい」と、著作権と原稿料のことで相談があったのだ。

べつだん断る理由もないので承諾した。

その後、入試問題のコピーが送られてきた。原文をそのまま問題文として使うには長いので、文意を変えない程度に短くリメイクされていた。そして、「星のあ(明)かり」「海水がひ(引)いた」「ややこ(小)ぶり」「い(居)そうな場所」「サザエをと(採)っている」などと、いくつかのひらがなが漢字に直され、句読点の位置が変えられていた。

おそらく天下の学習院大学の入試問題にひらがなが目立つ文章では、不都合でもあったのだろう。あるいは私が、夏目漱石でもあれば、どうだったかわからぬが、たんに問題作成者の好みに合わなかっただけかもしれない。まあ、こんなことは嫌味をいうのもつまらぬほど細かな話ではある。

それよりも、どうにも納得がいかないのは、その「問題」である。

七番目の問いに「次の1〜6の中で、本文の趣旨に合致するものには○を、合致しないものには×を、解答欄にマークせよ」とある。その一つめ、「1著者にとって最大の関心事は、美や超自然的な事象である。」これが、いきなりわからない。○をつけるべきか×をつけるべきか。

著者とはおそらく私のことをさす。このエッセイの中で私の関心事とはなにか。「美や超自然的な事象」といわれれば、そんな気もする。しかしそれが「最大」かといわれると、ちょっと待てよと思う。文中の具体例ではサザエのことしか書いていない。

それにしても、著者もわからないようなことを、著者の意見として答えさせてもよいものだろうか。その結果ある人の人生が決まる可能性があるとすればなおさらだ。いや、まあしかし、他人であっても私の知らない私を知っているという例はないわけではない。ことによると、この問題の作者は、私のことを私以上によく理解してくれているのかもしれない。とすれば、ここは、むしろ感謝せねばならぬ場面だろうか。

「著者にとって最大の関心事は、美や超自然的な事象である。」なるほど、こう言いきってみるのも、なかなかかっこよさそうな気がする。すでに自分の最大の関心事がなんなのか、あんまり自信がない著者としては、できればこの問題の正解は○であってほしいと願うのである。それでいて案外問題集の模範解答が×だったりすると、また悩まなくてはならない。それは困る。

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Takekawa Daisuke