モノと値段の不思議(人件費篇)

[KOK 0102]

28 Apr 1999


前編は原価と売値の不思議について考えてみた。後編は人件費という、これまた一筋縄ではいかない問題を考えてみたい。

京都に住んでいた頃、ぼくは今よりずっと貧乏だった。ときどき名古屋に帰省するたびに考えたことがあった。当時、京都から名古屋までの新幹線料金はだいたい5000円くらいだった。そこを普通列車で行けば3000円。新幹線での所要時間は約1時間。普通列車なら約3時間。つまり、2時間を2000円で買っていることになる。

これが妥当な値段かどうかは状況によってちがうだろうが、発想を変えてこれをアルバイトだと考えたらどうなるだろう。時給になおすと1時間1000円。けっこういい条件だ。窓の外をぼーっと眺めながら、イスに座っているだけで1000円、勤務中にビールを飲むも可。「やっぱり新幹線なんて乗るべきではないなぁ」とそのころは思ったものである。(むろん時給が1000円以上の人は、新幹線に乗ったほうがよいという結論もありうる)。

「モノと値段の不思議(原価篇)」に対して東京のN氏から、次のようなコメントをもらった。

【東京のN氏】
ぼくも同感です。とくに清涼飲料水は材料原価を考えたら馬鹿馬鹿しくて飲め ませんね。やっぱり人件費なのではないでしょうか。飛行機の方が電車やバス より運転する人も整備する人も旅客サービスをする人も多くの金をもらってい そうです。

飛行機関係者の人件費が高いのは、いっけん当たり前のような気がするが、よくよく考えてみるとこれもまた謎である。とりあえず特殊技能に対する評価であるという説明ができるかもしれないが、電車やバスにだって特殊な技能はある。これらの乗り物と飛行機の違いはなんなのだろう。

こんな推論はどうだろうか。一般的に、飛行機はバスや電車に比べて危険であるという認識(実際に危険率が高いかどうかはともかく)があり、この危険性を回避するために飛行機関係者にはそれ相応の自覚と責任と資格が必要である。それを要求するかわりに彼らに高給を与える。

見かたを変えると、飛行機関係者は、安全性という客の命を担保にして、高給が保証されているわけだ。そして航空会社も利用者も、それに逆らえないのが、つらいところ。同じように考えると、医者や銀行員の給料が高いのも、実際の労働にかかる手間賃というようりも、利用者の命やお金が担保にされていると言えるかもしれない。そう考えるとちょっとくやしい気がするぞ。

アルバイトをしていると、時給という形で露骨に労働対価が表現されるが、同じ日本でも地域によって時給が違う。沖縄がいちばん安い、そして東京がやっぱり高い。北九州ではファーストフードで600円くらいか。

よく飲み屋なんかでされる使い古しの小話で、「道に落ちている一円玉を拾うべきかどうか」という話題がある。これは一円を拾うための労力が、時給として見合うのかという問題である。要するに時給が600円と考えると、1時間で600枚の一円玉を拾わなければ割に合わない。これは1分で10枚、6秒に1枚の一円玉を拾う労働といえる。逆にいうと、拾うのに6秒以上かかる一円玉は拾うべきではない、という結論になる。

かんがえてみれば、化石燃料や原子力を利用してエネルギーの多くを得ている現代社会にとって、人件費ほどエネルギー対価の高い商品はない。

家庭用電気の使用料金をおよそ1kWh20円とすると、時給600円で電気は30kWの仕事を一時間してくれる事になる。たとえば、ぼくの研究室の1リットル入りの湯沸かしポットは500Wだから、それが60個。お湯は10分くらいで沸くから、1時間に6回として、1×60×6=360リットル。ざっとこれだけの沸騰したお湯が準備できる。

さらに紅茶のカップ一杯を200ccとすると、360÷0.2=1800杯。北九州大学の学生数は約4000人、そのうち今、学校に来ている学生はたぶん半分もいないだろうから、1800杯もあれば学内中の学生がお茶を飲めることになる(部屋に入りけれないけどね)。えらいもんだ。

あるいは自動車。ガソリンの料金を1リットル約100円として、リッターあたりの走行距離が10キロの自動車が、600円で走れる距離は6×10=60キロ。時速60キロで走れば1時間。ちょうど時給に見合う。

整理すると車は時給600円で、時速60キロで1時間走り、60キロ先まで荷物と人間を運んでくれる。えらいもんだ。

さいごに電話。1時間に600円なら3分30円。NTTの昼間の通話料は20キロ以下で3分20円、30キロ以下で3分40円。公衆電話だと市内でも3分30円。車でも60キロまでいけたのに電話ではせいぜい30キロ。

まさかすべての回線にひとりずつ中継マンがついていて、その人たちの人件費を払っているわけでもなかろうに、そんな感じの値段設定だ。やっぱり今回の結論も「電話料金どっかおかしい」かな。おあとがよろしいようで。

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Takekawa Daisuke