16 Oct 1999
■崩れかけたコンクリートのビル群が島中をおおい、身の丈をゆうにこす防波堤に取り囲まれ、東シナ海の灰色の空を海鳥たちが舞う、巨大な廃墟「軍艦島」。1974年に炭坑が閉山され、最盛期には5000人をこす人々が生活していたこの人工空間は、当時のにおいを残したまま時がとまっていた。
■残された遺物は島の歴史を語る。朽ち果てた木造建築。積み重なる煉瓦の固まり。日本最古のコンクリート建築。地面を覆うガラス片とモルタルは、島の深部に立ち入ろうとする人間に試練をあたえる。重い扉に遮られ、死んだままの空気が漂う地下室やトンネル。崖を這うようにのびていく階段。そして、見晴らしのよい高台にたてられたアパートの部屋からは、光り輝く海が見える。
■地上を埋め尽くすように立ち並ぶビル。その間に張り巡らされ中空を横切るたくさんの渡り廊下や階段。この空間へのこだわりは異常だ。リズミカルな立体感、目が眩みそうな高度感。もしかしたら、この風景は地底で働く炭鉱労働者の空間認識を具現していて、彼らにとって世界はもっと三次元なのかもしれないと、蟻の目しか持たないぼくはふと思った。
■学校、市場、病院、映画館、パチンコ店、神社。生活に必要な施設はすべてそろっていた。島自体がひとつの閉じた生態系で、その系は降り注ぐ太陽の光ではなく、海底から掘り出される化石エネルギーによって維持されていた。きわめて人工的に作り上げられたこの場所は、まるで近代が凝縮が煮詰まってできたスープのようである。はたして、それはどんな味なのだろうか。
■中国や朝鮮から強制的に連行され働かされた人々。借金漬けで、もらった給料のほとんどが差し押さえられた労働者たち。屋上の家庭菜園で野菜を育てる女たち。島で生まれ島で育った子供たち。黒いダイアモンドでひとやま当てた石炭王。あらゆる雑多な栄養を貪欲に吸収しながら島は繁殖していた。
■そんな軍艦島に上陸し、そこに泊まった。
■夜、7階建ての廃墟がはなつ無言の威圧を背中に感じながら、スープの中を漂う亡者たちを、ふりはらうかのように、いや・・、まねきよせるかのように、叫び、歌った。
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