楽園計画

[KOK 0184]

05 Oct 2001


セントアイブスの港
セントアイブスの港

「ええっ?、ここからフランスにいけないんですか?」

「いけないよ」

「だって、ここって地の果て(ランズエンド)ですよね、ちがいます?」

大きな誤算だった。ランズエンドの街まで来れば、てっきりそこからフランスに渡れるものと思っていたのだ。港の近くの浜辺で、ひとり砂の芸術をつくっていた男は、ちょっと身をかがめて風にあおられたコートを手荒くつかみなおした。

「そう、ここは地の果て。その先には海しかない。そして海の向こうは滝になって落ちているさ。ははっは」

自分でいったつまらない冗談に、どうしてそんなに愉快に笑えるのだろう。足もとに横たわる砂でできた馬が、妙にリアルでなまめかしい。

hasi

「ははは・・って。そりゃないです。せっかく、ここまできたのに」

「72時間・・・」

「えっ?船があるんですか?」

「72時間泳げばつくだろ」

「・・・」

「だいたい、あんた、こんな季節にここに何しにきた?」

「だから・・フランスに行こうと思って・・」

「ははは、何ねぼけたこといってんの?」

「・・・」

返す言葉もない。

「おれは、てっきりあんたも、エデンプロジェクトかと思ったよ」

「え?何ですかそれ?」

「知らんのか?」

実はこの名前は、すこし前からときおり耳にしていた。そのいかがわしい響きがずっと気にはなっていた。こころなし男の顔が険しい。

「そのエデンプロジェクトがここで・・・?」

小声でたずねてみる。

「ここから1時間ほど戻ったところにある丘の上だ。・・・いくか?」

男はまるで挑発するように言葉を返す。ちょっと好奇心がくすぐられた。どうせフランスに渡れないのなら、他にすることはない。

「なんの予定もないから、とりあえずいってみようと思います」

「そうか、じゃあな。あそこから無事に戻ってこられたら、また会おう」

男は、意味ありげに軽くわらうと、黙って作品の脇を指さした。ビニールシートが広げられ、いくばくかコインがたまっていた。彼はこうやって日銭をかせいでいるらしい。しかたなかろう、ぼくは情報料のつもりで10ペンスをほうりなげた。

男の仕事
男の仕事

エデンプロジェクト。楽園計画。ニューサイエンスだかエコロジーだか知らないが、その手の地球に優しい連中がはじめた新しい運動なのだろうか。世紀末と新世紀が続けてやってきてくれたおかげで、近頃はイギリスでもこのたぐいの宗教まがいの団体が雨後の竹の子のように誕生している。しかも、どうやらこのエデンプロジェクトには国がバックについているらしい。いつの新聞で読んだのかわすれたが、それにはイギリス政府の機関であるミレニアム委員会かなにかが、エデンプロジェクトを支援していると報道されていた。

エデンプロジェクト行きのバスは、車がすれ違えないくらいの狭い田舎道を登っていった。なんでも陶土を掘りつくした後にできた巨大なクレーターの中にエデンは造られているのだという。緑の丘がとぎれた場所にあるむき出しの穴の周縁をバスはぐるりとまわり、そしていきなり道はそこで終点になった。眼下には不気味な半球状の建築物が見える。

エデンのドーム
エデンのドーム

その外観は、地下50メートルの穴の底に並ぶ巨大ドーム群であった。そしてバイオーム(生物群相)とよばれるこのドームの中には、世界各地から集められた10万種を越える植物によってつくられた熱帯雨林の森があるという。

エデンプロジェクトを推進しているスタッフはエデンチームと呼ばれていた。ドームの中のあまりの広さにとまどい思わずきょろきょろしていると、エデンチームの一人と目が合ってしまった。

エデンチームの男
エデンチームの男

やばい・・・と思うまもなく、彼はこの手の人たちに特有のにこやかさでぼくに近づいてきた。

「われわれの仕事は地上に楽園を造ることです。これは単なる植物のコレクションではなくて生態系そのものなのです。ところであなたはブッダと猿の話を知っていますか?」

アミニズムを信仰するぼくは正確には仏教徒ではない、が、そんな説明をするとそれこそドツボにはまりそうだったので、あいまいに笑いながらうなずいた。すると彼は、

「おお、知っている?あれはすばらしい物語です。ブッダは自然と共に生きるウィズダムを持っていました」

そんな話など知るわけない。(ウィズダム・・レットイットビー・・なすがまま・・きゅうりがぱぱ)ウィズダムでとっさに連想できるものはこれくらいのもんだ。しかし、またもやあいまいに相づちをうってしまう人のいいぼく・・・。

芸術
芸術

「そして、このドームはすべてあわせて40万立方メートルの体積をもち、世界で2番目に大きなものです。ところで、あなたは世界で1番大きなドームを知っていますか?」

ここで相手の話術にかかってはいけないぞと警戒しながら、丁寧な英語で慎重に答えた。

「ぼくは、世界で1番大きいそのドームを知りません」

「世界で1番大きいドーム、それはこの地球です」

ガガーン。冗談だろうか本気だろうか。

「あなたは環境問題に興味がありますか?地球温暖化についてどう思いますか?」

森

お次は、そうくるか。

「うーんと・・、大きな問題だと思います。海面が上昇すると太平洋に住んでいる人は困ります」

「そう、人間は困りますね。でも、ほかの生き物はそんなに困りません」

むむむ、逆手をついてきたぞ。これは手ごわい。

「多くの植物にとって、地球はもっと温暖でそしてもっと二酸化炭素が多い方がいいのです。人類が利用している化石エネルギーは古代の生物が生産したものですね。人間はいまそれを再び大気の循環に戻そうとしています。」

「え・・・じゃあ?」

「京都プロトコルにアメリカがサインしない本当の理由を知っていますか?」

「い・・いえ。あの産業発展のためにエネルギー消費量をへらしたくないから・あの・・大国のエゴで・・」

「いいえ、アメリカもまた、エデンプロジェクトを支持しているからです。」

アメリカ
マンハッタン

「・・・」

「まもなく世界中でエデンの建設がはじまります。ニューヨークの巨大な空き地にも・・・。そして日本にも」

「えっ日本にも?」

「日本には『ヒロシとイケてる五人組』というすばらしいミュージシャンがいますね」

「知りません」

「『東京砂漠』という歌はとてもいいです。わたしカラオーキが大好きですね・・・♪草も木もないジャングルに〜」

「知りません!」

トキオ
東京

「地球はあと百年もしないうちに温室効果(グリーンハウスエフェクト) によって巨大なエデンになります。雨が降り続き砂漠に森がよみがえります。これこそ本当の緑色革命(グリーンレボリューション)なのです。」

おいおい。なんなんだよエデンプロジェクトって・・。

「実はまだ極秘ですが、われわれの計画にはNASAも重大な関心を示しています」

こらこら、そんな大事なこといきなり来た日本人に漏らしていいのか。

「これが月面に建設されつつある新しいバイオームです」

そういってファイルの束から取り出した月面の写真。半円の地球が青く映っている。

月面のドーム
月面のドーム

「むこうに見えるのが宇宙船地球号です。あなたはバックミンスター・フラー博士を知っていますか?」

「知りません」

「彼が提唱した適正技術(オルタナティブ・テクノロジー)にしたがってすべてのドームは建設されています。そう、ドームそのものが一つの『自然のまねび』(バイオミミクリー)なのです」

なんか難しすぎてついていけないぞ。最初のブッダはどうなったのだろう。どうも話が誘導されてるみたいだぞ・・・ここはこっちが主導権をとらなければ・・。

「あの、ところで最初のブッダとサルの話は・・・」

「そう!それは偉大なウィズダムでした」

あっ。なんか表情がうれしそうだ。話を戻したのはヤブヘビだったか。

「ブッダのようにこの森と共存できるものだけが、このドームに入ることが許されるのです。今年の夏には多くの人々がここに殺到しましたが、中にはいることができず立ち去りました」

「選ばれし者・・・」

エデンプロジェクトは現代のノアの箱船だったのか・・・。

「ここにマレーシアの家(ルマ・カンポン)があります、彼らはこの地をサステイナブルに開墾し、数百万の生き物たちとともにバイオームの中で生きていきます」

ルマ・カンポン
ルマ・カンポン

みるとジャングルのなかに一軒の家があった。バイオームの中では人間もまた生き物の一種に過ぎないというのだろうか。せせらぎの音が聞こえる。ドームの中には滝があり川も流れている。河口にはマングローブが植えられていた。小さな熱帯雨林が成長をはじめていた。

「あなたが、もしこのバイオームの中で生きていくとしたら。どうやって植物たちと共存していきますか。この空間は、あなたが生きるのに十分ですか?考えてみてください。世界最大のバイオームである地球は、あなたが生きるのに十分広いですか?」

森
バナナの葉

ふと気がつくといつの間にかエデンチームの男は姿は消えていた。そして粘りつくような熱帯特有の重たい空気の中でバナナの葉がゆっくりと揺れていた。

アメリカ

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Takekawa Daisuke