アメリー

[KOK 0187]

31 Oct 2001


『アメリー・プーランの信じがたい運命』(amelie)を見た。ことしフランスで 大ヒットした映画である。気づいたときにはすでにロードショーはおわっていたが、幸いなことにミニシアター系の名画館が興行予定を延長して上映していた。

アメリ

友達がいない孤独な子供時代をすごしたひとりの女の子が、やがて大人になり家をでてアルバイトをしながらパリの街で生活をはじめる。彼女は、そのごく平凡な日常のなかで小さな楽しみを見つけながら、まわりの人々の人生を変えていく。そんなユーモアあふれるロマンス映画。おおざっぱにいってしまえば、こんな設定の物語なのだが、描き出された映画のシーンは、それだけでは語りつくせない面白さに満ちていた。

夜

不思議な映画だった。主人公であるアメリーは一見とても活発で明るく魅力あふれる女性としてえがかれている。しかし、彼女の行動にはどこか言いようのない不自然さがつきまとう。そして彼女のまわりに登場する人々もまた、それぞれ独自の不自然さのなかで生活している。

デリカテッセンで名を馳せたジャンピエール=ジュネらしい不安定な映像が、平凡な日常の中のわずかなゆらぎを見事に切り出してくる。その美しさに魅了されながら、なぜぼくはこの映像にこれほどの不自然さを感じるのか、漠然とそんなことを考えていた。

注意深くストーリーをおっていくと、映画の中の随所にさまざまなメディアが登場していることがわかる。メディアすなわち媒体。人と人のコミュニケーションをつなぐ道具。メディアはメッセージ伝えながらそれ自体も一つのメッセージとなる。そしてアメリーはさながらメディアとたわむれる妖精だ。

夜

思い出せる限り列挙してみよう。聴診器、写真機、アンテナ、テレビ放送、タイムカプセル、ベルが鳴る公衆電話、鏡を使った光の交信、捨てられたインスタント写真、何度も模写される名画、時計を写すビデオカメラ、ボイスレコーダー、うわさばなし、おくれて届く手紙、世界各地から送られるポラロイド写真、どろ道の上に残される足跡、路上に書かれた矢印、望遠鏡、ガラス越しの文字、ポケットに落とされるメモ、ビデオの映像、ドアの隙間から差し込まれるメモ、突然なりだす電話、 壁の落書き。

時に彼女は、映画のスクリーンというメディアを介して観客席にまで現れ、唐突に僕に話しかける。「映画館で後ろを振り向いて観客席の人を眺めるのって私はスキ」ぎょっとして思わず後ろを振り向く観客、あなたは誰?

切り取られ、つなぎ合わされる電話の声、手紙、写真、映像。そこから派生する新しい意味とメッセージ。メディアを介すときアメリーは自由である、メディアを操りながらアメリーは生き生きとしている。

夜

しかし、ひとたびメディアを失うとアメリーは自分の空想の世界に逃げ出してしまう。子供時代の経験のためだろうか、おおくの人々に取り囲まれながらもアメリーは孤独である。他人と接触するためのその一歩を踏み出すことができずに、アメリーはおびえている。まるでそれは彼女自身が、自分の一生には決してクライマックスが訪れることなどないと、あきらめてしまっているかのように。

たぶんこの映画を見ながら感じた不自然さは、すべてここから来るのだろう。アメリーだけでなく映画の登場人物の誰もがその一歩におびえている。心を病みながら、体を閉ざしながら、だれもが不器用に日常の役割をこなしている。

夜

でも、そのことを決して否定的に考えないで欲しい。不自然だからこそ、ここに出てくる人間はみな愛すべき存在なのだ。アメリーのまわりに引き起こされるちいさなミステリーとイタズラの隙間に、ふとかいま見えるひとりひとりの登場人物の人生の重み。その重みが、映像をとおしてまるで我が事のようにいとおしく感じられる。

夜

映画が終わって外に出た。夕闇せまるウォルトン通りは、オレンジ色の街頭の光にぼんやりと浮かび上がっていた。その瞬間、ぼくはまだ映画が続いているような錯覚に落ちいった。すれ違う人々の顔が、他人には思えない。みなそれぞれに苦しみや楽しみを抱えながら、かけがえのない時間を生きているのが感じられる。たとえそれを幻と言われようと、僕と彼らとのあいだをつなぐ一歩がどこかにあってよい、そんな気持ちになる。

サマータイムが終わったばかりのショーウィンドウの中の時計は、どれもみなまちまちで、今何時なのかすらわからない。緋色と紺色の影が、歩道の上にきれいな幾何学模様を織りなしている。冷たく光る月の下、黄昏時の浮遊感のなかで、好きな人のことを考えながら歩いてみる。

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『アメリー・プーランの信じがたい運命』は、日本では『アメリ』というタイトルで2002年のお正月に公開されるようです。

フランスの公式ページ
日本の公式ページ

ここに公式ホームページがあります、とてもかわいらしいページです。ちなみに映画としてはデリカテッセンのほうがぼくは好きかな。

夜

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Takekawa Daisuke