エコミュージアム

[KOK 0217]

02 Nov 2002


九州人類学研究会のオータムセミナーに参加し、「地域づくりと博物館−国内における人類学的な実践と考察」のセッションで、阿蘇たにびと博物館の梶原さんらの話をきいた。これがなかなかにおもしろかった。

サンギロウ

話題提供者と演題は以下の通り。

永吉守 (西南学院大学大学院文学研究科)
「エコ・ミュージアム型産業遺産保存・活用のNPOの実践と研究」

梶原宏之 (阿蘇たにびと博物館長)
「アソミュゼへの試み――エコミュゼを超えて」

高田浩二 (マリンワールド海の中道:海の中道海洋生態科学館)
「博物館の情報化と<総合的な学習の時間>――九州地域ネットワーク事業の試み」

徳安祐子 (九州大学大学院人間環境学府)
「過疎の村を外へとつなぐ――栂尾神楽と博物館・メディア・研究者」

コメンテーター福住廉 (九州大学大学院比較社会文化学府)
「アートの実践から見た<地域づくり・博物館・人類学>批判」

岩田商店

エコミュージアムというのはこのごろちょっとはやりの言葉である。この言葉を何度も耳にしながら、これまで私は漠然と「生態系を展示する博物館」だろう、くらいにしか考えていなかった。

しかし梶原さんや「大牟田・荒尾炭鉱のまちファンクラブ」の永吉さんの実践を聞きながら、現場ではすでにもっと広い意味でこの言葉を使おうとしているのが解ってきた。それを端的に表現すれば、彼らが目指すエコミュージアムとは「生態的な博物館」となる。つまり博物館そのものが、有機的にその「展示物」とつながる生態的な存在であるということだ。目から鱗の指摘だった。

岩田商店

もう少しわかりやすく具体的に説明しよう。阿蘇たにびと博物館の「展示物」は阿蘇の外輪山の中で生活している普通の人々である。たにびと博物館を訪ねる「お客さん」は自分の興味にあわせて、梶原さんが築いた人脈を利用しながら、阿蘇で暮らす人々を紹介され、そこで実際の生活を体験し話を聞くのだ。たしかに活動拠点としての博物館の建物はあるが、あくまでもそれはただの箱で、いわば阿蘇の外輪山の内側(つまりタニという空間)そのものがひとつの博物館なのである。

美学の立場から現在の美術館のありかたを鋭く批判するコメンテーターの福住廉さんの指摘もここに重なる。箱としての美術館は芸術活動における偏狭な権威となり、そこに飾られるものはすでに切り取られ固定化した標本でしかない。

岩田商店

福住廉さんは音楽や絵画創作の総合的な活動とその表現の場として、オルタナティブスペースという空間を提案し自ら運営する。いわば、ライブハウスやギャラリーやあるいは街頭をひとつの新しい美術館としてとらえなおすという試みだ。そこで「展示」されるものは、アートが立ち上がる現場、あるいは生きたアートである。

ここで私は今年の5月に開館したカボチャドキア国立美術館を想う。退化人類研究所と併設されるカボチャドキヤ国立美術館の存在もまた生きた門司港の街そのものであった。そして、同時にそこはトーナスカボチャラダムスがが描いた絵を接点にしながら人々が集まる空間であった。

カボチャドキア国立美術館

エコミュージアムは「生きた博物館」である。すでに死んで固定化した標本を展示保存するのではなく、生きて変化するライフとの接点を生み出す場所なのだ。

人類学や民俗学をまなんだ梶原さんの背景には、80年代にアジアを放浪した一人旅の体験があるという。どこの街にいっても、どこの田舎を訪ねても、そこには生の人々の暮らしがあり、愉快なおいちゃんやおばちゃんがおり、それが梶原さんの興味をくすぐり続けた。そして彼が新しい視点を手に入れて日本にもどったとき、ここにもまた愛すべき生活があった。

梶原さんはいう、「阿蘇だけではなくどの街でもたにびと博物館のような博物館は可能ではなかろうか」と。それは日常としてそこに住む人々の暮らしと、異人としての旅人のつながりを手伝う空間だ。かれが目指しているアソミュゼとは、博物館の訪問者とそこで展示されるものとの関係をアソシエートするミュージアムなのである。

さて、ここまで書いてきてふと思い当たった。もしかしたら、たにびと博物館がおこなっていることは、これまで人類学者をはじめとする研究者の特権であり学術調査という名目の下でおこなわれてきたフィールドワークという体験を、広く多くの人々に開放しようとする試みなのかもしれない。

たとえば、「フィールドワークとは研究の方法論ではなく生き方そのものである」という主張のもとで立ち上げた「九州フィールドワーク研究会」も、見方を変えれば実はひとつの「たにびと博物館」だったのではないだろうか。今回の講演を機会にもういちど初心に帰りそのあたりのことを考えてみたい。

とりあえず、これまで二度ほど訪ねたが留守であった阿蘇のたにびと博物館に、こんどこそ三顧の礼を尽くし訪問したいと考えている。興味がある人はぜひご一緒に。


谷人友の会・たにびと博物館のページ
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アートスペース「レベル1」
カボチャドキヤ国立美術館
九州フィールドワーク研究会(野研)

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