[KOK 0253] こくら日記のトップページにとぶ 20 Feb 2005

南の風

 

沖縄風景

春の短い休みを利用して9日間で沖縄本島と宮古島、石垣島を訪ねている。学生のころにはとても考えられなかった強行スケジュールだ。主な用件は3つある。まずは環境庁が力を入れているサンゴ礁再生事業。温海水による白化現象やオニヒトデの被害でダメージを受けているサンゴ礁の保全。次に、なかなかすっきりしない宮古島のダイビング問題。沖縄県がとりまとめをして宮古地区海面利用協議会が最近発足した。最後に沖縄の市場(イチバ)の調査。

この間、会う予定の人は20人をこえる。仕事の関係の会議や打ち合わせだけではなく、昔お世話になった人のおうちにも挨拶でまわる。くわえて調査のためにあらたに訪ねる人を入れたら、実際に話をする人はさらに倍以上になりそうだ。柄に合わないのだが毎日ノートに面会時間を記して時計を見ながら飛び回っている。もちろん沖縄のこと、予定どおりにはならないのだが。

沖縄風景

那覇の市場(マチグァ)をあるく。

ヤマトにいるとついついわすれてしまいそうになるけど、沖縄の人ってよく話しかけてくるんだな。道をきいたり、時間を尋ねたり、公園のベンチに座って休んでいるだけで誰か彼かが声をかけてくる。ここでは人にものを尋ねるということは、ごく自然で当たり前のこと。なので、みな話しかけるのが上手だ。社会全体がそんな雰囲気だから市場は自然体でいられる。

朝4時から開いているというから、眠い目をこすりながらホテルを抜けだして市場に向かった。「あれ、あんた本当にきたねぇ」と昨日はそっけなかったモヤシ売りのおばあが覚えていてくれた。月の明かりが市場のトタン屋根を照らしている。「来るっていったら来るさ」と言い返す。「ひまだねぇ」早朝ゆえかオバアの毒舌はさえている。

フィールドワークの基本は、そこにいること、時間を共有すること。おしゃべりはその大切なきっかけだ。観察や聞き取りはその結果ついてくるもので、決して手段ではない。相手が人間でも自然でも同じことだと思う。「私がそこにいること」を考えていないフィールドワークにはろくなものがない。

沖縄風景

平良に戻るバスは1日5本しかない。サトウキビ畑の道を懸命に走ったがバス停にたどり着くのが10分くらいおくれた。その場にしゃがんで数分待っていたけどバスは来ない。やっぱり乗り過ごしちゃったか、困ったなぁと途方に暮れていると、反対側からバスがきた。

思いきって運転手に
「街に向かうバスはもうすれちがいましたか」
ときくと、「バスに乗れ」とあごで合図する。
「これ反対行きではないですか?」
「だからよ。これが、アッチいったら戻るからね」

終点まで行って戻ってくるとけっきょく定刻より30分以上遅れていたが、サトウキビ畑の真ん中を1日5回だけ走るバスには、時間なんて関係ないのかしら。

私以外には客はいない、街に戻るまでのあいだずっと運転手とおしゃべりしていた。「どこからきたの?、本土寒いでしょ?こっちはこんなもんよ」まるで大型のタクシーのようだ。

沖縄風景

宮古島の風は暖かい。今晩は旧暦の15夜。明日の旧暦1月16日は祖先のためのお正月。みなその準備で忙しい。

佐良浜にはふだんでさえ食べ物が満ち溢れているのに、今日はどこの家でも食卓に乗り切らないほどの料理。食事は祖先の分まであるのだから。島ではジュウロクニチはお盆よりも大事な日だという。お墓に行ってピクニックをするという。

そんな日に、日ごろの無沙汰をわびながら挨拶にまわる私は、ネギをしょったカモのようなものだ、いやフォラグラ用のアヒルだな。知り合いの家を訪ねるたびに「ちょうどよかった大介ぇ、食べていきなさい」。島の食べ物はどれもおいしいのだが、サランラップに包まれた丸くて巨大なアズキオニギリは強敵だ。

沖縄風景

黒島を過ぎ石西礁湖をぬけると波が急に高くなった、ジェットコースターのように高速船は激しく上下に揺れる。海面に船がたたきつけられるたびに乗客たちの押し殺した悲鳴が漏れる。天気予報は外洋の波の高さは4メートルと言ってたっけ。

その先に波照間島があった。波照間、果てのウルマ(珊瑚礁)、島の言葉ではパティローマ。日本で一番南の有人島。すべての道はローマに続く。

真冬の今がサトウキビの収穫期。製糖工場は昼も夜もフル稼働だ。最近のキセツ(季節労働)は沖縄本島からだけでなくヤマトの若者たちもやってくる。それにまじって宮古のオジイたちの姿があった。

「オジイは歳をとって、もう漁にもでられんからねぇ」「家でぶらぶらしているよりはカセギしていたほうがいいさ」作業の合間に昔の話を聞く。みな若い頃に、太平洋からインド洋のあらゆる島を歩いた海の男たちばかりだ。

70歳を過ぎてから家をあけて、毎年こんな果ての島に出稼ぎにくるなんてちょっとヤマトでは考えられないけど、オジイたちに悲壮感はまったくない。むしろ楽しげだ。

旅を住み家とし、旅に生きている男たちだ。

沖縄風景

冬の沖縄は天気が変わりやすい。風がまわると、山の向こうからとたんに黒雲が現れ、強い雨がバラバラと降り出す。朝5時半。カッパを着て新川港に出る。

波と風を読みながらサバニを走らせる。冬の間の漁場は街から近場の島陰だ。珊瑚礁が中国大陸から吹き下ろす強風と荒波から守ってくれる。

海の上で裸になってウエットスーツに着替え、潜水器(フーカー)のホースをくわえ前日の夕方に仕掛けた刺し網をあげていく。長さが800メートルもある長い網だが、小一時間もしないうちにその日の漁は終わった。冬の間は無理はできない。

船を旋回しエンジンの音を響かせて港に戻る。浜では年寄りと奥さんが待っている。刺し網を陸に揚げ、からまった魚を器用にはずす。家族総出で加勢し、手際よく網をまとめていく。船の中をきれいに片付けることは次の漁のための準備でもある。

そしてその場で朝ごはん。網で傷ついた魚をさばいて、刺身とみそ汁にする。あっという間に食卓が整う。たとえ浜が埋め立てられ港がコンクリートで固められても、海を見ながら食事する習慣は昔から変わらない。ごちそうは海からやってくる。海は宝だ、宝の海だ。

沖縄風景


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