【狂33】マエラシ その7

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「ワニガロは静かにカヌーをよせると、海の口の中に入っていった。海の口の中はいちめん腐ったようなにおいがただよっていて、ふつうの者なら5分も耐えられなかったじゃろう。しかしワニガロはそのなかを進み、やがてひとつめの胃袋にたどりついた。そこには明るい火が灯っており、ひとりのマエラシがおった。勇者ワニガロは白い腐肉におおわれた海の化け物をまじかに見ながら、ひるみもせず言った。

『オレはこの村の首長ワニガロである。ファルという名の娘を助けにきた。娘はどこにいる』

 マエラシは無気味に口をあけ、そこから煙をだした。

『娘は7番目の胃袋の中よ』

 このマエラシは女の水死体じゃった。

『でもこの奥には男たちがいるわ。もし口から煙が出ている時に男たちに見つかれば、おまえはただちに殺されてしまうだろうね』

 無表情な女のマエラシの影が火の光にゆれておった。

『もし男たちの口から煙が出ていなければ、おまえはその槍で一番大きな赤い服をきたマエラシを刺すのよ。いいかい、ほかの男とまちがえてはいけないよ。ほかの男はみな雑魚よ』

 女ははき捨てるようにそういうと煙をはきながら顔をそむけた。

 ワニガロはサゴの葉がむすびつけられた赤石の槍を、力強くにぎりしめるとさらに奥へとむかった。2番目の胃袋を通りすぎ、3番目の胃袋をとおりすぎ、4番目の胃袋を通りすぎ、5番目の胃袋を通りすぎ、ワニガロが6番目の胃袋をのぞきこむと、たくさんのマエラシたちが煙をはきながら血のはいった器をならべていた。

 ワニガロは女のマエラシのいうとおり、しばらく5番目の胃袋に身を潜め時を待つことにした。どのくらい待ったじゃろう。生臭い海の口の中では空気すらいつもと違った粘りをもっておるようじゃった。やがて6番目の胃袋は静かになり、ワニガロがそっとのぞくと、マエラシたちは力を失い横たわっておった。すでにマエラシの口から煙はでておらん。勇者ワニガロはすばやく6番目の胃袋に入ると、持ってきた赤石の槍を、一番大きな赤い服をきたマエラシに突き刺した」

 話を聞きにアバロロの木の下にやってきた子供たちは、知らないうちに5人にふえていた。オイウ老人はギロリと子供たちをにらみつけ、物語を続けた。

「赤石の槍は、一番大きな赤い服をきたマエラシに深々とつき刺さった。勇者ワニガロはマエラシの最期を見とどけると、7番目の胃袋に入ったんじゃ。そこには腰までかかりそうな長く黒い髪をまつわらせた娘がおった。おどろいてワニガロを見つめるつぶらな瞳は、これまで見たこともないほど美しかった。

『あなたは人間?それともおばけ?』

 あの甘美な歌声と同じ、鳥のさえずりのような声がした。

『オレは人間だ』

『あなたはいい人?それとも悪い人?』

『オレは、この村の首長ワニガロだ。そして、あんたは東の太陽の村のファル』

 髪の長い娘はゆっくりうなずくと言った。

『ファルはあなたの妻になる女です』

 ワニガロは髪の長い娘ファルの手をひくと、薄暗い海の食道をかけもどった。さいわいマエラシたちは意識を失ったままで、ファルが逃げだしたのに気づくものはいなかった。ふたりが口のところまでたどりつくと、なんとそこには女のマエラシがおった。そうして、なにを思ったか女のマエラシは、海の口の中に白い砂をまいて火をはなったんじゃ。海の口は燃え上がり、女のマエラシはあとも見ずにワニガロのカヌーに乗り込んできた。

 ワニガロたちが村にたどりつくとちょうど7日目の太陽が昇った。うらない婆オシアブにひきいられて人々も村にもどってきた。村人たちはワニガロが髪の長い美しい娘を見て大いに喜んだ。そしてさっそく婚姻の宴の準備がはじめられた。それは、それは、後にも先にもない盛大な宴じゃった。勇者ワニガロの名は一円の村々のあいだになりひびき、700の村の首長がつからつぎに祝いの品々をもって参列し、70日間歌声が絶えることはなかったそうじゃ。

 さて、さて、村に平和がやってきた。ワニガロの時代は本当に良い時代じゃったよ。やがてファルはワニガロとのあいだに7人の子供を生み、ワニガロはその後も勇ましい手柄をいくつもたてたのじゃが、その話はまた別の機会にとっておこうかのう」


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