【狂101】社会生物学文学の夜明け(笑)

95/9/11

■「しょせん生物ってのは遺伝子の乗り物だからよぅ」と知ったような顔をして酒を飲みかわす酔っぱらい。近頃はサラリーマンも社会生物学を勉強しているらしい。ドラマ「高校教師」のうだつのあがらない先生も、ドラマの中でドーキンスを読んでいたし、ちまたでは、社会生物学関係の蘊蓄がやってるようである。

■「利己的な遺伝子」「子殺し戦略」「繁殖成功」「資源としての女性」。社会生物学という学問では、素人をわくわくさせるようなエキサイティングな言葉がならぶ。この分野の先達たちが、なぜこのような「擬人的」な言葉づかいを好んだかは知らないが、結果的に、これが人々に大きなインパクトを与えたのは否定できない。

■今回は社会生物学についてはなにもいわない(生物学者のはしくれとして、いずれなにか書こうとは思っているが)。こうした社会生物学の用語を、「文字通り」に解釈して、できあがったトンデモ文学作品を紹介する。

■まないたにあがるのは、東北大学の大学院生が書いたという「パラサイトイブ」と、アフタヌーンに連載されていた漫画「寄生獣」である。どちらも「寄生」が大きなテーマになっている。「パラサイトイブ」では妻を交通事故で失った生化学者と、細胞に寄生するのをやめ進化したミトコンドリアが主人公。「寄生獣」では、人間の頭に寄生し次々とほかの人間を食べていく未知の生物と、その生物に右手を寄生された少年が登場する。

■まずは「パラサイトイブ」。たしかに生物学の世界では、ウイルスも含めて「遺伝的な乗っ取り」の問題がしばしば論じられているし、ミトコンドリアや葉緑体は独自の遺伝子をもち、原核生物が真核生物に進化する過程で、単体の生物が細胞内器官として取り込まれたといわれている。おおざっぱに解釈すれば共生しているといってもいい。

■だからといって、ミトコンドリアの遺伝子でできた細胞の塊が、ズルズルと廊下を歩き回り、文字通りに人間の女性に「乗っ取り」、「遺伝子」をもとめて男と性交し、繁殖しようするのではいくらなんでもやりすぎである。そのうえ日本生化学会で、自分自身つまりミトコンドリアについて学会発表するにいたっては、まったく出来の悪い冗談である。

■もちろんこの作品の作者は経歴を見る限り、生物学についての知識を持っている人間のようであるから、このあたりのでたらめさは十分意識しているだろう。しかし、この作品は決してパロディではなく、むしろ確信犯的なつくりとなっているのが問題である。

■「寄生獣」では、弱肉強食という言葉が頻繁に登場し、寄生生物は人間の天敵であると説明されている。寄生生物のひとりは、ご丁寧にも大学までいき、社会生物学の授業を受けて「利他行動」という言葉をならい、人間との共存を考える。

■生物学においても、宿主を殺さない寄生虫やウイルスなどがもっとも適応した形であると説明をされることはあるが、これは淘汰の結果そうなったのであって、なにもウイルスが「地球にやさしいエコロジー」に目覚めてそうしているわけではない。ましてや、いわゆる社会生物学でいうところの利他行動とはなんの関係もない。

■この2つの作品は、信じられないことに、けっこう支持されているようである。ちょっとアカデミックなかんじの問題設定が人々のスノビズムをくすぐるのだろうか?だが賢明な狂電読者諸子はだまされてはいけない。内容は大笑い海水浴場である。

■たしかに、人の体に何かが寄生したり、体の一部が変形するというテーマは、それだけでなにかおもしろい話を期待させる。だからといって、そこにうろ覚えの社会生物学的解釈を加えて不必要な色をつける必要はないのである。「寄生獣」の単調な陰惨さに比べれば「デビルマン(アニメのほうではない)」にでてきた風景のほうが数倍は圧巻であるし、右手に「ミギー」を寄生されたスーパーマンの主人公よりも、ある日突然足の親指が「親指P」になってしまったふつうのOLの人生のほうがリアルで深いものを感じさせる。

■利己的な遺伝子とかいわれてもびびってはいけない。世間に流布しているその手の話のほとんどは、はったりと一知半解のこじつけである(なんていうと怒る人いるかな?)。書店のかたすみにならぶ変な本ばかりをあつめて解説した「トンデモ本の世界」という単行本があるが、そのなかで一般には社会生物学者だと思われている竹内久美子の本がとりあげられていたのは、なによりの幸いである。

■追記:鈴木光司の「リング」はちょっとおもしろかった、というか、こわかったな。なにしろあの本の最初のところを読み出したとき、ちょうど9月5日の10時過ぎで、しかも横浜にいたんだもん(こわ〜)。「らせん」はまだ読んでません。


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