日本酒の可能性

[KOK 0091]

31 Oct 1998


10月25日、日本名門酒会事務局長の田中洋一さんのお誘いを受け、第14回日本名門酒会北九州支部「友の会」の試飲会にいってきた。

 一ノ蔵(宮城)・浦霞(宮城) ・大山(山形)  ・越の誉(新潟)
 真澄(長野) ・萬歳楽(石川)・春鹿(奈良)  ・月の桂(京都)
 八重垣(兵庫)・小鼓(兵庫) ・嘉美心(岡山) ・酔心(広島)
 賀茂泉(広島)・梅錦(愛媛) ・千代の亀(愛媛)・司牡丹(高知)
 西の関(大分)・窓乃梅(佐賀)    ・天盃(福岡 博多麦焼酎)

小倉のホテルに約20社の蔵元さんと自慢のお酒が勢揃いした。いちどにこんなにたくさんのお酒を飲める機会もなかなかない。精力的にテーブルをまわり、お酒を飲みながら、お話を聞いた。そして、いつの間にか味もわからぬほど酔っていた。

こくら日記でもすでに紹介したことがあるが、最近の日本酒の新しい流れのひとつに「低アルコール酒(もっとよい名前がほしいものである、甘麗酒とかね)」がある。今回の集まりでも

一ノ蔵 「ひめぜん」
真澄  「花まる」
月の桂 「抱腹絶倒」
嘉美心 「絹縒」「樹の上の猫」「木陰の魚」
賀茂泉 「あっ不思議なお酒」
梅錦  「四季香麗水」

など、各社の低アルコール日本酒が出そろっていた。

そもそも日本酒は、世界に類をみない高アルコール発酵の醸造酒である。一般に醸造酒のアルコール度数は10%前後が普通であり、ビールで4.5〜9%、ワインで10〜15%が限界である。発酵というのは酵母菌によって糖がアルコールに変わる過程ことだから、原理的には糖度が高ければそれだけアルコール度数も高くなる。しかしだからといってはじめから酒母の糖度が高くしすぎると、こんどは酵母菌が死んでしまい発酵が進まない。

日本酒では、麹のアミラーゼによる米の糖化と酵母菌によるアルコール発酵を同時に進行させる並行複発酵と、「初添」「仲添」「留添」と四日間をかけてもろみを作っていく三段仕込みの技法によって、原酒で20%を越える高アルコール発酵を実現している。

低アルコール日本酒というのは、並行複発酵を十分に進行させないで、酒母の段階でしぼってしまう、いわば一段仕込みともいうべきやり方で造られる。吟醸造りが日本酒の醸造技術の粋を極めたものであるとするならば、低アルコール酒はある意味でその流れに逆行する酒造法である。造り手から見ればこれほど乱暴な酒はない。

しかし、おいしいのである。少なくとも、新しい日本酒のイメージを生みだすほどのインパクトは秘めている。

日本酒の発酵の初期には、さまざまな化学変化の過程で、多くの香りと味が発生する。その中には米から生まれたとは思えない、ふくよかな味わいと果実のような香りがある。しかし不安定で揮発性の高いこれらの香りは、発酵の段階が進むにつれ消えていってしまう。タンパク質の少ない原料を用いて低温で発酵を進める吟醸酒も、いわばこうした香りを尊重した造りであるといえる。そして、低アルコール日本酒もまさにこの香りをターゲットにしている。

低アルコール日本酒においては、活性の高い酒母の段階で発生する雑味と刺激臭をとりのぞき、乳酸の酸味と糖の甘味のバランスをいかに調整するかが、技術の差としてあらわれる。そして今のところ、さまざまな蔵元や試験場が試行錯誤を繰り返しているいわば発展途上の酒である。

酒好きには必ずしもうれしいニュースではないが、低アルコール化は世界の流れかもしれない。さきに述べたとおり高アルコール発酵にこそ日本酒造りの真髄はあるが、それに拘泥しては日本酒の裾野は広がらない。

低アルコール日本酒は、農政や税制上の制約によって味や技術とは関係のないところで生み出された俗悪な三増酒や発泡酒(まがいものビール)とは一線を画す。むしろ純米酒の新しい可能性と考えるべきである。そして、この流れは日本酒の可能性を広げるはずだ。

最近はワインや地ビールブームに押されがちで、吟醸酒も一定のレベルに達したところで、はやりものとしての日本酒の地酒も一息ついた感がある。しかし、日本酒の面白さはまだまだ奥が深いように思う。十四代のように香りを極めるものあれば、真澄や三井の寿の造るボディのしっかりした山廃や、城陽のように酸味を工夫したお酒、造り手が成長すれば飲み手も成長する。

そして、低アルコール日本酒の最終兵器として密かに期待しているのが「どぶろく」である。ドブロクは単なる濁り酒(濾過をしていない日本酒)ではない。発泡性のあるモロミそのもの、まさに日本酒の原点である。その甘酸っぱくバナナのような香りは、名前のイメージからほど遠く、上品で繊細である。ドブロクは吟醸酒のように気取ることなく、むしろビールのようにふだん着で飲むのにもってこいの酒である。

われらが隣人韓国にはマツコリといわれるドブロクがあり、中でもトンドン酒はその洗練された極みである。日本では酒税法の悪影響でドブロク文化はすっかり廃れてしまった。しかし、この低アルコール日本酒の流れの中からドブロクが再浮上することを心から願う。私は、プロの蔵人が造ったドブロクを飲んでみたい。

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Takekawa Daisuke