エデンプロジェクト

[KOK 0185]

05 Oct 2001


まずは前の「楽園計画」から先にお読み下さいませ

命
命の木

そういえば子供の頃はいろいろなものを集めていた。旅先で買ったペナントをはじめ絵葉書、ワリバシの袋、切手、スタンプ、仏像の写真、甲虫と蝶の標本、メンコ、仮面ライダーカード、化石、世界のコイン、牛乳の蓋・・・。正直に告白しよう、このごろはすっかりその道からはずれてしまっているが、ぼくはかつてまぎれもなく「コレクター」であった。いまもそのコレクションの多くは実家の倉庫に眠っているはずだ。

残念なことに今時の日本は、コレクターにはちょっと風当たりがきびしい。その道の先達は、「おたく」という言葉から連想される偏見を撲滅するために、「マイブーム」なる新用語を発明したが、それにしたってちょっと内向的で卑屈である。悪いことをしているわけではないからもっと堂々としていても良さそうなものなのに。

この点、イギリスという国はコレクターに対して寛容である。寛容と言うより「人生とはすなわちコレクションなり」という思想が骨の髄までしみわたっている感じだ。「いい大人」が駅にカメラを並べて電車をとったり、ドールハウスのレアアイテムを熱心に探したりする風景をごく普通にみることができる。

そもそも世界中の財宝をかき集めて博物館を造ってしまうような国なのだから、個人がコレクションに走るのもまあ当然といえば当然なのだ。さらに「集めて、並べて、分類して、大切にしまう」この博物学的発想こそが近代科学の礎になっているのだから、彼らに反省する気はさらさらない。

ドームのなか
ドームのなか

かくして新世紀が始まろうとしている時に、イギリス人はまたしてもとんでもないものをつくってしまった。

エデンプロジェクトと名付けられたこの新しい博物館には、世界各地から10万種を越える植物が集められている。しかも普通の植物園のようにただ植物を並べているだけではない。テーマとして掲げられている「植物と人間の舞台演劇 」"The living theatre of plants and people."という言葉通り、バイオーム(生物群相)とよばれる世界最大級のドームの中には、生きた生態系そのものが演出されているのだ。

川

高さが50メートルをこえ全長が一キロにもおよぶドームの中には、滝があり沢があり小さな農地まである。森の中には小動物がすみ、朽ちた木からはキノコが生えている。掲げられているキャッチコピーは「私たちが育つのを見てください」"Watch us grow."。そう、この博物館は成長する博物館なのである。年がたつごとに有為転変し永遠に完成することのない一つの生命体なのである。

大きなパネル
大きなパネル

それにしても、このドームがいかに巨大なものであるか、言葉でそのイメージをなかなか伝えることができないのが残念である。一枚の中にロンドンタクシーがすっぽり入ってしまうという大きさの多角形のパネルが全部で831枚。それが、35面のサッカー場がとれるという地下60メートルの陶土採掘場の跡地のクレーターの中に、もこもこと組立てられているのだ。しかもパネルに使われているETFEという素材はガラスの100分1の重さしかなく、おかげでこの建物はまるで空気のように軽い。

このドームの元となったデザインは、宇宙船地球号というアイデアを提唱したバックミンスター・フラー博士によるものである。生物の造形をモデルにした、軽量で順軟性に富み自然の一体化する新しい建築物。それがフラードームのコンセプトである。そしてエデンプロジェクトはまさに彼の思想を体現した博物館なのである。

この植物園のもともとの出発点は、地元の人々のアイデアから生まれた。陶土が堀つくされ放置されていた巨大な廃坑を利用して何かできないだろうか。そうだ、草も木も生えないこの不毛な土地に森をつくるというのはどうだろう。いかにも突飛な発想ではあるが、同時にとても現実的な利点もあった。深い穴のなかにドームを造ることによって、海からの強い風がさけられる。南斜面をうまく利用すれば太陽光線も十分に受けられる。それにドームをただ下から見上げるのではなく、穴の底に見下ろす風景は、なんともすてきじゃないか。

木陰のキノコ
木陰のキノコ

隠れた空間の中につくられた秘密の花園は、手塚治虫の火の鳥にでてきた穴の底に閉じこめられそこに生える植物を食べながら暮らした家族の話や、だれもこない城の地下室にひそかに腐海の植物を植えたナウシカの話を連想させる(もっとも、どちらもイギリス人は読んでないだろうが)。

かくして数名の有志から始まったこのプロジェクトは、多くの地元のボランティアに支えられながら行政を動かし、やがてイギリスのミレニアム委員会の基金を勝ち取り、ECからの資金援助をえて進められていった。そして21世紀の最初の年の3月、ついにドームが完成したのである。

イングランドの東のはしにあるコーンウォール半島は、地中海を思わせる温暖な気候と古い街なみが美しい地方である。またおおくの芸術家がこの地を愛しここにアトリエを構えている。エデンプロジェクトは地元の人々と、植物学者、そして芸術家たちの合作である。イギリスは新世紀の巨大プロジェクトとして、ロンドンに現代美術館テートモダンや大観覧車ロンドンアイや役に立たないハリネズミを建設した。しかし、地の果てに生まれたこのエデンプロジェクトは、その面白さや将来性、社会的意義においてほかのどれをも凌駕している。

その証拠に、この夏休み中は、連日予想外の数の人がヨーロッパ中からこの辺境の地を訪れ、ついには入場規制をしかざるを得なくなったという。もより駅の街セントオーステルでは宿が足りず自分の家の部屋を貸す人たちも現れた。

育ちはじめたばかりの植物たちは、これからどんどん大きく成長していくだろう。そして世界一の温室は決して飽きられることのない文化遺産となるだろう。これからイギリスに行く人には、ぜひおすすめしたい場所である。

草の子供
草の子供

エデンプロジェクトの公式ホームページ
Eden Project
http://www.edenproject.com/

エデンプロジェクトの非公式ホームページ
The Unofficial Eden Project Website.
http://www.eden-project.co.uk/

最寄り駅からのバスの時刻表
http://www.truronian.co.uk/index.cfm

セントオーステルのインフォメーション
St Austell TIC's website.
http://www.cornish-riviera.co.uk/

セントオーステルのおすすめの宿
Treveddo B&B
6 Tremena Rd. St. Austell
tel:0172666764
(いままでイギリスでこんなに親切な宿に出会ったことがない!上のインフォメーションのページに、もよりの宿リストのファイルがあります)

そうそう、いま名古屋で「生きのびるためのデザイン」と題し日本初のバックミンスター展をやっているらしいよ。
http://www-art.aac.pref.aichi.jp/jhome.html

バス
エデン行きのバス


さて、以下は蛇足である。陶土の採掘場はぼくのふるさとの愛知県瀬戸市にもある。ふだんは仮面ライダーの撮影くらいにしか使えない不毛の土地である。これまでその再利用について昔からいろいろなアイデアが出ながらも立ち消えになっている。今、その同じ瀬戸市が、愛知県の「緑の万博」の会場予定地になっている。しかし、すでに指摘されているように、もともとの発想は緑の万博とは名ばかりで、瀬戸市に残る森を切り開き博覧祭後はそこに団地を造るという代物だった。

あらためて考えると、なぜ愛知県は、陶土を掘り尽くしたあとの巨大な荒野こそを緑の万博の会場に選ばなかったのだろうか。たとえ緑の万博を打ち上げても、すぐ近くにむき出しのアナボコが残ったままでは、なんともかっこがつかないじゃないか。

そういえば、ぼくが所属する北九州市立大学も「環境」工学部を造るにあたって、森の木を切り倒しそこをはげ山をにした。やっぱり、なーんか、おかしい。わかっていない、というよりぜんぜんセンスが変だよね。

その北九州市では今ちょうど21世紀博覧祭をやっているらしい。わけあってさっきはじめてそのホームページをみたのだが、どこを読んでもこのイベントのコンセプトがわからない。エコロジーも一つの看板になっているみたいだけど、内容的にはふだんから街でやっているような企画ばかりだ。だいたいこんな企業の展示会のようなものをわざわざ入場料をはらって見に行く人がどれだけいるのだろうか?

たしかにそんな人はあまりいないだろう。というわけで、実は今日イギリスにいるぼくのところにも入場券の強制割り当ての依頼メールが来たのである(ジャジャーン二枚だってよ!日本におらへんのに知らんがな)。とりあえず動員数だけでも稼ぐため3000円の入場料はこっそりダンピングされ500円になっている(これってもしかして部外秘か?)。しかし別の情報では、協賛企業のルートをつかえばすでに無料でも入れるらしい(おいおい、これも部外秘だったか?)。それでも、ホームページを見る限りわざわざ行きたいと思えるような楽しい企画はない(しまった。これこそ最大の部外秘だ!)。

シャボン玉のような一過性の博覧会は見た目は派手だが、はじけたら最後あとにはなにも残らない。どうせお金をかけるのなら、すくなくとも世代を越えて今世紀いっぱいは楽しめるような、そんな「文化遺産」をつくるべきだったんじゃないだろうか。

避難所
避難所

えっ?アイデアがないって?それは、こまった。ホントにこまったね。とりあえずカボチャラダム氏に設計をお願いして、門司港沖かあるいはどっかのボタ山の上に100年くらいかけてこつこつ巨大カボチャ島「カボチャドキヤ」でも造るのはどうだろうか。そしていずれそこを世界最大の「万能の阿呆村」にしたらいいんじゃないかな(沖縄だったらそのままずばり「フラー」ドームだね)。きっと世界中からすごい阿呆たちが集まってくるとおもうよ。サグラダファミリアやエデンプロジェクトを越えるためには、やっぱりこのくらいのことをしないとね。

しかし、そんなことまでして越えたところでなんになるんだ・・・と、ちょっと不安になってるあなた。その不安は正しい。それこそ21世紀的バランス感覚というもんだよね。でっかいもの見せて人を集めようなんざ、いまどきよっぽどの阿呆じゃないとできないわけ。要は貧乏かつ大胆にどこまで阿呆をやれるかってことだね。ハンパなことして無駄金使うのがやっぱりいちばんダサイよね。

さて、こんな口の悪いことばかり書くと日本に帰れなくなってしまうかもしれない。しかし、この蛇足の一文はぼくから北九州への愛だと考えて欲しい。盲目で熱狂的に支持するよりも、好きなものほどきびしく言ってしまう、これはたぶん名古屋人特有の愛の形なのである。まあ小学生の恋みたいなもんだね。(ex: 中日の悪口を言わない名古屋人はいない。清水義範の著作「蕎麦ときしめん」を参照のこと)。

滝

それにしてもエデンのドームの迫力はぜひとも注目する価値ありだ。たぶんエデンプロジェクトで培われた技術(ドイツ人が造ったらしい)は、今後世界各地に広がるだろう。軽くて安くて美しいこの全天候型の空間は、植物園以外にもたくさんの使い道がありあそうだ。そう「日本にもエデンを!」というわけで帰国次第(ぎっくり腰にならなければ)「エデンプロジェクト北九州」を発足させようと思う。メインテーマは「きもちいい空間」である。

さらに蛇足の蛇足だが、いうまでもなく前回の「[kok184]楽園計画」は事実と冗談が織り交ぜられた妄想である(注意深く読めばちゃんと気づくように書いたつもりなのだけど・・・あれに対してマジな返事が来るととってもこまってしまうのである・・)。しかし一方、今回の「[kok186]エデンプロジェクト」は事実と本気が織り交ぜられた妄想である。両者の区別がつかない人をいたずらに不安させるのは本意ではないので念のために書き添えておくのだ。

New▲ ▼Old


[CopyRight]
Takekawa Daisuke