いまここ

[KOK 0210]

23 Jul 2002


魚をつく
魚を突く

目の前を灰色の影がよこぎる。その瞬間、ひきしぼったゴムの反動で強く前方にときはなたれる銀色のモリ。飛び散る鱗のむこうで身もだえする黒鯛(チヌ)。

それはわずか一刹那のできごとなのだ。この広い海のなかでたまたまこいつと私が邂逅した、その一刹那のできごとなのだ。

「いまここ」に、私の目の前に、モリに突き刺さったこいつがいる。ここでは必然ではなく偶然が時間を支配する。

どんなに技量をあげても、最後の最後は偶然の巡り合わせに頼るしかない。それが狩猟だ。

「いつでもどこでも」の実現をひたすら追い求める近代社会。出会いに必然を望み、いつも漫然とつながっていたい人々。そのあくなき欲望のあまり「いまここ」にあることの奇跡の喜びすら忘れてしまった日常。

「いま」は悠久の時間のなかで一度しかおきないし、「ここ」は無限の宇宙のなかでただ一ヶ所しかないというのに。

ついた魚
ついた魚

西表での欲求不満を解消するために近くの海に遊びに行った。浜の木々を集めて突いた魚や貝を焼いた。「いつでもどこでも」スーパーで売っている魚や貝とは違う。「いまここ」でわたしが殺した魚だ。かつて、人が生きるとは、こんないきあたりばったりな幻の日々の連続だったにちがいない。

浜

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Takekawa Daisuke