英彦山

[KOK 0216]

01 Nov 2002


季節の境界線が剃刀のように尾根を刻んでいく。断続的な冷雨がのこりすくない枯葉にうちつける。そして二つ玉の低気圧が西から東に流れ、そこから伸びた長い腕がいよいよ英彦山の上をかすめたとき、御嶽は真っ白な霧に包まれ、突如として四囲に 平安の往代が立ち上がった。

英彦山
英彦山

坊跡の石垣も、修験の岩山も、白い地肌をむき出しにした杉の梢も、薄幕のむこうの永遠の舞台だ。龍とともに風がまきおこり古道わきの熊笹がざっくりとひれ伏す。雲間から降臨する太陽光が、はるかにかすみ連なる八重の山並をいつくしむようにさらさらと照らす。

英彦山
英彦山

朦朧とした身体の間隙に研ぎ澄まされた霊性が注入されれるのはこんな時だ。肉体と同様に理性もまた痛みに弱いのだ。圧倒する恐怖が引き金となって心の浮遊がはじまる。かろうじてそれに抗おうとする自我は、しかし、もはや引きとめることも、ましてやそこから逃げることすらかなわず、ひたすら打ちのめされる秋を待つのみ。三千大千世界の神仏を待つのみ。

英彦山
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英彦山
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英彦山
英彦山

英彦山
英彦山

悪天の中、英彦山をあるきながら考えた。太古より多くの人々が、この地にあこがれ、もうで、ひれふした、その秘密はどこにあるのだろうか。さほど標高があるわけでもない英彦山だが、たしかにここには大峰や比叡山、金峰山に共通する霊山の雰囲気があった。そそり立つ溶岩柱、清麗なわき水、波のように連なる山、幽寂とした杉木立。

英彦山
英彦山

人が死に生まれる場所としてこの場所は選ばれた。いにしえ人の慧眼には恐れ入るばかりだ。確かに彼らには彼岸が見えていたのだろう。近代を受け入れる過程で始まった宗教の合理化が、廃仏毀釈運動というかたちで仏と神を分離した。いらい百年がすぎたが、もはやわれわれの宗教はこの失われた彼岸をかいま見ることすらできない。日常と政治にすり寄った宗教は、王道楽土の夢を示しながらあいもかわらず欲望と毒薬をまき続けるばかり。

英彦山
英彦山

突然の寒冷前線通過で山は凍り付き、大岩のくぼみに身を寄せながら雨やみをまった。ここは母胎だろうか、あるいは棺桶だろうか。冷たい雨が過ぎ去った後、道は濃い霧に覆われた。闇の中に小さな死を感じ、光の中に小さな生を感じた。まだほんのさわりにすぎないのだが疑死再生の儀礼がはじまったのだ。三界諸天(宇宙)をまきこみながら、しかしそれは神仏(自然・身体)と私(自我)の間にかわされた極めて個人的な経験でもあった。

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Takekawa Daisuke