16 Dec 2002
しぐれ模様の暗い日だった。
研究室に来るとヨシノボリが死んでいた。
こんな朝なのに、白くふやけた輪郭が水底に漂っていた。
以前にもあった。そう、もう、そんな死は、なんどもあったよう。
だけどいつも唐突だから、死は。心の準備ゼロ。
年をかさねるごとに死に対する感受性は薄れていくのだと思っていたのだけど。
しかし、今のところ薄れていくどころか、まったくだめ、前にもまして死に弱い。
頭の先から滲み出した黒い痛みが、渦を巻いて穴に吸い込まれていくよう。
まったく、だめだめ。
水槽の中の死をまともに見ることすらできずに、その場にうずくまるほど。だめだめ。
顔を両手で覆い、心拍を整えるほど。だめだめ。
鼓動よ・・・もっと静かに。ふるえては、だめだめ。
研究室に水槽を持ち込んで、まだ三週間しかたっていない。
これほどに悲しい気持ちになるのなら、飼わなければ良かったのだ、最初から。
矛盾している。 まるっきり矛盾している。 てんで矛盾している。 はなから矛盾している。 この魚は食べるために捕ってきたものなのに、もともと。 漁の獲物になる魚や餌になる煮干し。 そいつらのほうが大きくて立派なのに、よっぽど。 このちいさいひととは違うのだ。 このちいさいひとを私は知っている。 このちいさいひとを私は好きだった。 このちいさいひとは私? 死とはなにかが終わったってこと? つまりもう二度とこのちいさいひとに会えないってこと? はじめから出会っていなければ、あるいは、出会ったとたんに銛でひと突きしていれば、好きか嫌いかも知らず、むしろその死を無邪気に喜びさえしただろう。 なにも始まらなければ、なにも終わらなかったのだから。 獲物に対する冷徹な計算と、ちいさい死に打ちのめされるよわっちょろい心。 なんという極端で身勝手な対称だろう。 でもその両方が私なのだ。 悲しい気持ちになるとわかっていて飼うのは、こんなつもりじゃなかったから? いいや嘘。 私は研究室のなかに私以外の生き物がほしかった。 愛とて、いつも残酷の裏返し。 冷たく静かな朝に、ちいさいひととすごした時間を、土の中にうめること。 誰もこないうちに。 ひっそりと。 ひっそりと。 うめること。 |
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