[KOK 0231] こくら日記のトップページにとぶ 12 Jul 2003

きみだけのそら

 
中島みゆきの「地上の星」をかけながら読んでほしい・・・。

2000年の夏オックスフォード。夏至も過ぎ、短くも華やかな光満ちた季節、散歩者にとっては風も水も祝福にあふれ心の愉悦を押さえきれないそんな時間。日課としてポートメドウの脇を流れる運河沿いを散歩していてた大介は、突然そいつと出会った。

桜の枝を加工してつくられたそいつは、三角形が規則的なパターンで組み合わされた半球で、緑の芝生の上に何ともいえない超然とした空間を切り出していた。その幾何学構造がジオデシックドームと呼ばれることや、バックミンスター・フラーという研究者がこのドームの最初のアイデアを提唱したという事を、このときまだ大介は知らなかった。ただ、そのドームのシンプルな美しさに惹かれ、ぜひこれを自分たちの手で作ってみたいと数枚の写真を撮って日本の友人に送ったのだった。

数学者、建築家、発明家、思想家とさまざまな肩書きをもつフラーは、地球を生命が暮らす有限の空間として強く意識し「宇宙船地球号」という考えを広めた人として知られている。未来の建築のありかたや、人間のくらしのデザインについて深い洞察をおこなった彼は、最小限の資源から最大限の効率を生み出すための数々のアイデアを提案していった。しかし、時代は彼を裏切り、コンクリートと化石燃料に依存した重厚長大な構造物が都市を埋め尽くしていった。

事業に失敗したフラーは、失意の中でさらなる思索を続ける。彼は正多面体のなかで最も多くの面を持つ正二十面体立体に注目していた。三角形が交互に繰り返すこの立体は、きわめて安定した構造として、分子やウイルスなど宇宙のいるところで普遍的に見られるものだった。フラーは正二十面体立体を基本にシナジー幾何学と名付けた新しいコンセプトを構築し、それをもとにジオデシックドームを完成させたのである。

もっともゆがみが少ない世界地図であるダイマクション・ワールド・マップや、その地図を利用して世界の政治経済をシミュレートするワールド・ゲームなど、時代を先取りしていたフラーの発明や思想は、今日においてこそ再評価されるべきかもしれない。実際、彼が1983年ロサンゼルスで死去したあとも、フラーの業績に注目する者は後をたたず、それらを詳しく記したホームページは世界中に数多くある。

さて、そんなドームに出会った大介は、その構造の幾何学的な理論と思想的な背景を知るうちに、ますますその魅力に引き込まれていった。身近な素材から何とかしてすてきなドームは作れないか。帰国後も彼は新しい設計図や模型をつくってはこわし、学生たちとともに試作を続けた。

しかし三角形を組み合わせて作るジオデシックドームの構造は、互いの三角形が織りなす角度の計算が非常に複雑で、なおかつその頂点の連結部の強度において力学的な困難さがつきまとった。雨にぬれた布の重みで崩れかけたドームを前に試行錯誤が繰り返された。自然の素材にこだわること。お金をかけないこと、最小限の材料で最大限の空間を生み出すこと、それが自らに課したテーマだった。

フラーを超えたい。そのためにはどうすればいいのかを一心に考えた。ドームを作るにあたって大介は当初から竹という素材に注目していた。竹の柔軟性と硬度をうまく活かすことはできないだろうか。アメリカで仕事をしていたフラーの身近には、おそらく竹があまりなかったのだろう。彼のコンセプトを実現するためにもっとも優れた素材が竹であるにもかかわらず、彼が竹を利用してモデルをつくったという形跡は見あたらなかった。

フラーのドームは非常に美しい球状の立体である。しかしその立体は複数の小さな平面を組み合わせて作成される。その過程で球面を平面におきかえるための複雑な計算が必要となるのである。大介はもう一度原点に立ち返って考えようと思った。フラードームの頂点は球面に接している。球面を平面に置き換えることなく、球面のままで計算すれば、もっと単純な原理でドームは建つのではないだろうか。そして力を加えるとしなやかな弧を描く竹を使えば、美しく安定した球面を作ることができるはずだ。

こうしてジオデシックドームの頂点を結んでいくように、半弧のちょうど五等分にあたる点でフレームどうしを組み合わせて作る青竹ドームの最初のデザインが完成した。照葉樹の新緑が萌える2002年の春だった。竹の調達や、それを割るための技術など、さまざまな問題を解決しながら青竹ドームは完成した。さらに強度や組み立てやすさを検討しながら細かな改良が加えられた。近くの病院からわけてもらった使い古しのシーツを縫い合わせて天幕も作った。周囲10メートルのドームの中は、十数人で映画も楽しめるほどの広々とした空間だった。

しかし、このドームにはまだ欠点があった。最小限の材料とはいいながら、強度が十分ではなかったのだ。晴れた日に建てるだけなら問題はないが、布を載せた状態で風や雨をうけると、とたんに竹のフレームは大きくゆがんだ。

さらに強度を高めるためにはフレームを増やさなければならない。では、どこにそのフレームを増やせば良いのだろうか。脚の数を増やしあわせて堅牢な天井を作ろう大介はそう考えた。そしてフレームの数を倍にし天井の五角形に内接する形で星形の天井をからさらに5本の脚がのびる新しい設計図を作った。しかしそれは既存の箱形の建築物の常識にとらわれた誤りだった。

動物園の園庭で大勢の参加者を前に組み立てられた新しいドームは、自らの天井の重さを支えることができずに不安定に揺れ、饅頭状に形がつぶれてしまった。誰がみても失敗だった。そのとき、応急処置としてつぶれたドームの胴の部分を締め上げるようになわが張られた。この処置は予想以上に有効だった。つぶれたドームは再びきれいな半球状に立ち上がったのだ。しかもこれまで以上に安定していた。

いったいなにが起きたのだろうか、大介は考えた。屋根と柱で構造をつくる箱形の建築物とは違い、ドームはフレームが力を分散させながら安定している。それまで側面の張りはドームを支えるためにあまり役に立たないと考えてきたが、外に向かう力を内側に向かわせ半球構造を維持するという重要な役割があったのだ。

思わぬ失敗を喫した翌週、大介は人類学の研究会のため大阪の国立民族学博物館に出張した。博物館ではおりしも特別展「マンダラ展 ─ チベット・ネパールの仏たち」が開かれていた。そして、研究会の合間にそれを見学していた彼の頭に、突然インスピレーションが沸きおこったのだ。須弥山を中心に展開する仏の世界、幾何学模様を繰り返す曼陀羅が彼の無意識の中で膨れあがり、それと呼応するように、ドームの形がありありと意識の上に浮かび上がった。

「天頂に輝く星とそれを取り巻く五連星」これこそが求めていた新しいドームだった。

さっそく大介は設計図を作った。半球を3等分した点が、それぞれ星形の頂点になるようにフレームが組み合わせる。すると先のドームで五角形を形成していた場所にきれいに星が並んだ。それは、きわめてシンプルでありながらバランスがとれたドームだった。しかもこの新型のドームは、同じ部品を継ぎ合わせることによって、理論的に2倍3倍の大きさのドームを作ることが可能であった。

続いて大介はそのドームを元に正確な天幕の模型造りに取りかかった。球に接するすべての交点の座標を求めるために半日の計算が必要だった。しかしどんなやっかいな計算も障害ではなかった。すでにゴールは見えたのだ。

最小限の材料で最大限の空間を・・・。軽くてどこにでも持ち運べる新しい住まい。誰もがドームの中に自分だけの空を手に入れることができるのだ。そしてそのドームを持ち寄ればさらに大きな空間が生まれる。

2003年7月、ドームはついに完成した。6つの星を持つこのドームはスタードーム(星天蓋)と名付けられた。そして、世界各地でこのスタードームが作られることを願い、大介研究室の「いろいろなやりかた」のページにスタードームのペーパークラフトと、設計図とドームの作成手順が掲載された。大介が初めてジオデシックドームを見た時からはや3年の月日が流れていた。

ホームページを見て自分で模型を組み立てた人は、連なる星を眺めていると神秘的な力を感じると口々に語った。そしてシンプルな原理で構成されている美しい宇宙を目の当たりにして、いいようのない興奮を覚えたという。少しずつ少しずつ、ドームに惹きつけられる人々の数が増えていった。

今夏には北九州市の動物園「到津の森公園」で、小学生たちを対象にドームづくり教室が開かれる事になった。第一期が7月の29日(火)の午後1時より1時間半、二期が8月5日(火)、三期が8月19日(火)となっている。大介も第一期の講師役として小学生たちにドームの意味を語る。

また秋には、北九州エコステージ2003のメイン会場でスタードームが竹利用のシンボルとして立ち並ぶ予定である。北九州エコステージ2003は10月25日(日)26日(土)に環境首都まちづくり社会実験事業として小倉の中心部のリバーウォーク周辺で開かれるイベントである。会場ではドーム作りのワークショップもおこなわれる。

このワークショップを単なる竹資源の有効利用というだけではなく、人類の新しい生き方を提案するようなものにしたいと、大介はいう。重厚長大な思想ではなく軽くてしなやかな思想。定住ではなく遊動の生活。フラーが夢見ていた未来の姿をスタードームは今に伝えるのである。「ほら、『きみだけのそら』がそこにあるよ」とドームは語るだろう。

「ユア プライヴェート スカイ」
この本はバックミンスター・フラー展のカタログとして翻訳されました。装丁も写真も記事もとっても素敵でぜひ手元に置いておきたくなるような本です。普通の本屋さんでは取り扱っていませんが、下記の出版社のページから直接購入することができます。マルモ出版


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