[KOK 0280] こくら日記のトップページにとぶ 22 Aug 2007

白化

 

環境省サンゴ礁再生事業の専門委員として、このところ年に数回石垣島に足を運んでいる。ここ数年の石垣島の急速な変容は驚くばかりである。

新空港をみこした地価の上昇と、建設ラッシュ。島の北部の土地は買いあさられ、地元住民でも新しく家を建てるのが難しいほど。一方でサトウキビ畑や牧場の中にもぽつりぽつりと別荘のようなコテージが並びはじめた。

本土からの観光客はここ10年で倍増し、ひっきりなしに航空機が離発着する。空港からの街道沿いにも日本中どこにでもあるような大型店舗が並び、朝夕には車の渋滞がおこるほどだ。沖縄らしさが消えてしまうといわれながら、でも、本当の沖縄らしさを覚えている人はすでに少数者である。

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減り続ける魚とサンゴ礁のダメージにも歯止めがかからない。燃料代の高騰と天候の不順で海人も陸でくすぶり続ける。地球温暖化によって生態系自体の多様性が貧困化しているところに、生活排水や赤土などの陸域からの水質の悪化が、ボディブローのように海の生き物たちの生命力を奪う。

そして、今回の白化である。1998年以来の大規模なものになりそうだ。10年かけて再生し続けてきた幼いサンゴ礁は、急速に進む地球レベルの温暖化の前にひとたまりもない。1998年、ちょうど宮古島の伊良部島で調査をしていた頃に、私は前回の白化を目撃している。もっとも美しかったミドリイシの群落は今も同じ場所に戻ってはいない。

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浜の島、カヤマ島と石西礁湖の北辺を潜った。桃色や水色、黄色のパステルカラーのサンゴがどこまでも続いている。何も知らない観光客は綺麗だと大喜びだが、これは褐虫藻が抜け出したサンゴ礁の断末魔の姿である。

まもなく八重山の海は、骨のようなサンゴの死体でいっぱいになるだろう。それでも観光客は清く透き通った浅葱色の海に感動するだろう、本当に美しかった頃の海を覚えている人もまた、すでに少数者なのである。

少数者の声は、開発や発展の大音声の中で簡単にかき消されていく。昨年末と今年の春に一ヶ月かけて、海人を中心に昔の海の様子の聞き取りを学生たち10名とおこなった。昔といっても近いところでせいぜい30年前である。それでも私たちの知らない海がそこにあった。その報告書は環境省に提出されユニークな資料として評価されている。

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さて実は昨日、石垣島からもどったばかりなのだが、来週の火曜日には、一ヶ月間の予定でまたバヌアツにいく。この先4年間の計画で、学生たちとバヌアツの村落開発の国家プロジェクトに関わることになった。バヌアツの中でももっとも辺鄙なところにあるフツナ島である。人口は島に500人、街に移住した人はすでに600人を超えている。

若い世代が町に流出し、数百年続いた島の共同体が存続できなくなる状態をなんとかするために、島に住みながらも一家族が月に5000円程度の収入を得られる方法を模索する。学生たちは一年交代で島に滞在し、島の人とともにアイデアを実現していく。

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小さな試みであるが、その方向性はグローバル化ではない。むしろ周辺からの抵抗であると考えている。市場化に飲み込まれるのではなく、市場化から逃れること、なにがあってもそこは譲ってはならないと、非常に意識的にそう考えている。

小さな者たちが、大きな者たちと対等に生きるために、使える知恵を見つけ出すこと。人類学者がおこなう新しい試みは、世界経済のもっとも辺境からたちのぼるひとつの狼煙である。どんなところにも人間は生きていて、その多様性と存在意義が、かけがえのないものであることを世界に伝えるのための狼火である。


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