【狂70】ヨビコミ

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■函館は北海道のおおらかさと東北の渋味を兼ね備え、さらに異国情緒をちょっと利かせたよい街である。私にとって今回の函館は大学二年の時から数えて、10年ぶりの訪問であった。前回は北海道をさんざんまわった帰りに函館を通り過ぎただけであったが、今回はもう少しじっくりと函館を見ることができた。そして、函館について理解が深まった。

■結論からさきに言おう。「函館はヨビコミの街である」

■青函トンネルをぬけて電車が函館駅についたときには、すでに夕方の6時近かった。とくに泊まる宿を決めていなかった私は、とりあえず駅の観光案内所で手頃な宿を紹介してもらおうと考えていた。観光案内所の前で私はいきなりおじさんに呼び止められた。「にいさん、にいさん、安いホテル紹介するよ」

■「いくら」ときく私に「一泊5000円」とおじさん。私は内心「おっ、まあまあだな」と思いつつも、「もっと安いのない?」と聞き返す。おじさん「ホテルならそれが一番安いけど、民宿なら3000円があるよ」。3000円の民宿?うーん、あやしい。しかしまあ安い。商談成立。おじさんは、いそいそと私を駅前に連れ出すとそこにおいてある車に乗れという。「遠いの?」「近い近い、あるいて駅から2分、でも車でいくよ」

■連れていかれた民宿は本当に駅のすぐ近くで、予想していたようなつげ義春風連れ込み宿ではなく、まっとうな民宿であった。

■宿につくと腹が減ってきた。素泊まりなので、民宿のおばさんにどこかよい食堂はないかときいた。するとおばさんは食べ物屋が並ぶ小さな通りを教えてくれた。そして、「あの辺はヨビコミが多いから気をつけなさいよ」という。おばさんの言葉をたいして気にもかけず、京都の河原町あたりを想像し油断していた私が間違いであった。函館のポンビキはすさまじい。夕食を食べるだけのために、私はいらぬ神経をずいぶんすり減らされた。

■次の日、函館名物朝市に行った。どこの街にいっても市場の楽しさは格別である。函館の市場には季節がらカニがあふれんばかりに並んでいた。そして、ここでもヨビコミの嵐であった。狭い市場の中を5メートル歩くだけで10人から声をかけられる、そんな感じだ。「おにいちゃん蟹、見てかない」「おいしいっよぅ」「ちょっとちょっとこれ半額にしてあげる」いちいち対応していたら、抜けだす事ができない泥沼にはまる。

■しかし、ついにひとりの老婆が、私を捕まえた。私に試食用の蟹の足を握らせ「さあ、買おうね」と商品の蟹をつつみはじめる。私は「とりあえず朝飯を先に食べてからもう一度くるから」と逃げの手を打つ。すると老婆は「安くておいしい食堂があるよ」といって食堂のパンフレットを店の奥から持ち出し、それに自分の名刺をつけると「この名刺見せたら盛りがよくなるよ」という。

■とくに予定のなかった私は老婆の言葉にひかれ、市場の一角にあるその食堂に向かった。途中、他の食堂のヨビコミが激しく攻撃を仕掛けて来たが、老婆にもらったパンフレットをみせると、モーゼの奇跡を見るように、ヨビコミの海は引き、そこに道が開かれるのであった。

■かくしてたどり着いた食堂で食べたウニ・ホタテ・イクラの巴丼の旨かったこと。食事を終えると、私は再び老婆の店に行き、 ひとつ6000円の毛蟹を2500円で買った。

■教訓・函館のヨビコミはすさまじいけれどヨビコマれて損はない、かも。


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