モダニズム批判

センター試験

センター試験は、まちがいなく日本の近代システムのひとつの輝かしき頂点である。この試験をつつがなくおこなうために、幾種類ものマニュアルが作成され、多くの人々がかり出され、通信網とコンピューターシステムが駆使される。受験生たちもまた緊迫した面持ちで、決められた時間に整然と会場に集まってくる。

北海道から沖縄まで気候ひとつ取っても著しく条件の異なるこの国で、個別的な事情をのりこえて、年にいちど繰り返し実施されるイベント。そして実際、これほど多くの若者を集められるビックイベントは世界中を探してもそうないだろう。

全国各地の若者たちは2日間ものあいだ狭い空間にに閉じ込められながら、一斉にマークシートによってその知識を検査される。知識だけではない、同時にそれは近代的人格が獲得されているかどうかの検査でもある。

センター試験の数日前、民俗学者の重信さんと合同講義をした。講義は二人の対談の形で進められ、この日のテーマは「近代と身体」であった。「近代というシステムがいかに人の身体を手なづけていったか」フィールドワーク論にも立ち入りながら、人類学と民俗学の事例を交えたやり取りを楽しんだ。

話はこんな風に始まった。北九州大学の隣には自衛隊の駐屯基地がある。さらにその奥には、企救中学校と小倉刑務所が見える。敷地を取り囲む塀、建物の配置、威圧的な門、広い運動場など、大学から見おろすと、これらの風景は驚くほど似ている。しかしこの類似は偶然ではない。

明治以降の日本では西洋から導入された近代システムを消化するために、生活習慣の細にいたるまでさまざまな変更が強いられた。その矯正の場としてとくに利用されたのが学校と軍隊であった。整列・行進・正しい姿勢など、敵を倒すためには直接関係のなさそうなこうした身体訓練は、個人の武術的技量の向上以上に、近代軍事において重要とされる。

馴化。リテラシー。読み書きそろばん。一定時間椅子に座りつづけること。学校もまた単なる知識を伝達するための施設ではなく、こうした近代的な身体をつくりあげる訓練のための施設である。近代的な身体とは一種の規格化された身体である。われわれは知らず知らずのうちに改造人間となっていたのである。一時間半の対談はこんなところで終わった。

規格化=レギュレーション、もうすこし耳障りのない言葉にかえれば、洗練=ソフィスティケーション。

今年の卒論で、風土病と土地の人の意識に関するおもしろい発表があった。。日本のある地域の人々の体格の平均は、風土病のために他の地域に比べて著しく悪かったのだが、かつては特に意識されることはなかった。しかし明治時代の徴兵制をきっかけに、はじめてそれが注目され風土病が問題になったという話だ。

徴兵検査という全国の男性を対象にした身体検査から、日本における近代的身体の基準は生まれた。センター試験は現代においてみごとにその代役をはたしている。日本のセンター試験は、どこの社会にでもある単なる通過儀礼ではない。近代システムが生み出した日本人専用の品質検査装置なのだ。

語り部

チャップリンのモダンタイムスを見るまでもなく、近代社会が求めるものは交換可能な人格と身体である。だれでも同じ知識を身につけるチャンスを持ち、一定の水準を満たしながら同じ仕事ができること。かけがえのないあなたなんて求めない、あなたがいなくてもほかの誰かがしてくれる。そう、近代社会の生活はまるでコンビニのバイトのようなものである。マニュアルがあれば誰でもできる。

そしてマニュアル化と同時に進行する資格社会。近年来、世間ではやっている「自分探し」なんていう言葉が、大学や専門学校のコマーシャリズム化の中で、いつのまにか資格の獲得の意味にすりかわっているこの皮肉。しかしこれは皮肉ではなく、資格こそが近代人におけるアイデンティティの本質なのである。資格とは規格化された人格に貼り付けられるラベルである。近代がもとめる平等主義は、たとえば芸術のような客観的な評価が不能な普遍性のない特殊技能を育てるようにはできていない。

むろん近代による規格化は身体だけではなく認識にもおよぶ。近代化された身体は外から見てそれとわかりやすいが、心の問題はそれにくらべると非常にわかりにくい。近代化された思考回路をもつ人間が、自分自身の心の状態を非近代的に解体し、再批判するのはさらに困難な作業をともなう。

たとえば文字は近代における最大の武器である。しかし人間は文字を知らなくても生きていける。文字を使うようになった人と、文字を知らない人の間に、世界に対する認識の違いはあるのだろうか。

「村で一番の語り部に会わせてやる」と初めていわれたとき、ぼくは当然のように老人をイメージした。しかし現れたのはまだ二十歳にも満たない若者だった。モーリスは村の誰もが一目置く記憶力を持っていた。人々は競ってかれに自分の氏族の物語を教え、その結果、彼はあらゆる氏族の歴史や地名や人名に精通していた。

そんな彼の能力にぼくが最も驚かされたのは、彼に日本語を教えたときだった。モーレスはぼくに興味を持ち、日本語を教えてくれといった。ちょうどそのとき調査を手伝っていてくれているバレという若者も一緒にいた。バレは読み書きができる。まずは基本的な日本語の挨拶から。バレは一生懸命文字を紙に記録した。

翌朝、バレはたどたどしい日本語で「オッハヨーガザイマス」とぼくに声をかけてきた。そして数日後にモーレスに出会うと、かれは「おはよう、ございます」とぼくが話したとおりに、全く完璧な日本語の発音で挨拶をした。モーレスはまるで録音機械のようであった。彼の認識においては言葉とは音であり、けっして文字ではない。

村の近くには小さな小学校があるが、モーレスは小学校を途中でドロップアウトしている。彼は近代システムに適応できなかった。そのおかげで彼はひとつの能力を伸ばすことができた。

むろん一方的に文字が悪いというつもりはない。コンピューターがおこなう仕事もつきつめれば、すべて文字の解釈と加工であり、これこそまさしくテキスト中心主義の権化のような道具である。ぼくのような人間にとって文字は欠かすことができない。ただ、ここで新たな問題として指摘したいのは、文字を覚えてしまった人間ばかりで構成される社会の、「凡庸さ」である。識字という平等性への悲願がうみだした凡庸な社会。

凡庸と不条理

「地球はひとつ」「人類は兄弟」という言説には、いかにも近代人らしい楽観的な(あるいは暴力的な)発想がその背景にある。「人間なんて究極的にはどこでも同じだ」といいきってしまうほがらかな人間中心主義。近代がうみだす凡庸さは人間理解にまで踏み込んでくる。人権に守られた近代社会は、その枠の中に「人間性」のすべてを取り込んでしまう。しかしほんらい人間がもつ性質とは、それほど安全なものばかりではない。

なんども繰り返すように、近代には規格に適応させようという強大な力がある。むろん人は常にその規格からはみ出そうとする。しかし近代ははみ出してしまうものまでさらに取り込もうというしたたかさを持っている。

たとえばセンター試験において、個人的な事情でほかの人たちと一緒に受験できない人に対しても、大学側は特別な部屋を用意する。受験機会の広く与える。むろん、それはすばらしいことである。これこそわれわれが求める美しき平等である。だが、あらゆる異端を吸収しながら、のっぺらぼうに肥大化する近代の恐ろしさがここにある。

さらに近代は人間の差異あるいは個性に対する欲望も巧妙にみたしてくれる。差異というのは常に相対的なものである。どんなに均質な集合にもそれなりの差異は生じる。一見よく似ているドングリもよくみればそれぞれ個性的である。だが、個性的なドングリをいくら集めてもしょせんドングリに過ぎない。石や豆は知らぬまに排除されている。

人間関係の最たる経験であるはずのボランティア活動ですら、パッケージ化しカタログ化してしまうような近代である。近代は自らのシステムにとって安全な選択や無難な差異を提供してくれる。

飛行機の中。窮屈な椅子に座りつづけていると、やがて美しい女性がやってきて、ビーフかチキンか、あるいはティーかコーヒーかと聞いてくる。近代における「自由」あるいは「選択」とは飛行機の中のビーフとチキンの違いに過ぎない。われわれは、狭い空間に押し込められていることを忘れ、ささやかな選択に満足する。

しかもこの選択はおもいのほか重要だ。これこそが近代人の存在意義なのだ。どんなにつまらない選択であれ、近代における「人間性」を維持するためにこの選択は欠かすことができない。さもなくば近代がひた隠しに隠している囚人社会が露呈しまう。したがって、われわれの社会ではこうした選択が確実にできるように最大の努力が払われている。飛行機の中ではチキンとビーフはつねに余分に用意されている。

皮肉なことに、近代における自由は、画一化を進めることによって実現し、その結果世界はますます凡庸になる。たとえば世界中どこに行ってもビックマックを食べられる自由。(不幸か幸いかこの自由はソロモンではまだ実現していない)。

この自由は見かたを変えれば拘束だ。高度な管理社会はわれわれのすぐ近くにある。われわれはすべてその囚人だ。だが一方でこうした拘束は、参加している人々に独特な一体感をあたえ、ある種の快感すら生じさせるらしい。近代の凡庸さは麻薬である。ウオルト=ディスニーのいう小さな世界。みんなで歌おうウイ・アー・ザ・ワールド。

あらゆる事象がシミュラークルとなり象徴的意味を失ったポストモダン社会は、決して近代の超克ではなく、むしろ近代そのものの必然的帰着だ。

麻薬におかされたわれわれは、自分たちの生活が自由であるがゆえに多様だと思い込んでいる。あるいはそう思い込まされている。ソロモンのような社会に対しては一方で憧れとユートピアを想いえがきながら、「単純で素朴な原始生活」「硬直なシステムに縛られて身動きが取れない不自由な封建社会」とステレオタイプな伝説を信じている。

しかし、ソロモンでの一生と、日本での一生が、どちらが予測可能で単純かといえば、まちがいなく日本である。確かに、社会全体の複雑さは日本のほうがまさるかもしれない。しかしこと一人の人間が一生の間に直面するさまざまな出来事に関して言えば、ソロモンのほうが、はるかに複雑であり予測不能である。

ぼくのいる村はなにも特別な村ではない。ソロモンでおそらく数百をこえるごくあたりまえの小さな村のひとつだ。そんな村に長く住んでいると、いろいろなことがわかってくる。自分の末娘に手をだした老人。怒ると蛮刀を振回す殺人の前科者。いつも人の椰子の実を盗む家族。事件がおきるとすぐに歌にする女。人の1.5倍はある大きな顔を持ちほとんど働かない男。カヌーが速く漁師の中ではリーダー格だが陸ではいつも手で歩くポリオの男。次から次へ父親がわからぬ子をはらむ知的障害を持つ娘。彼女の子供を育てる母親。

むろん全国を探せば日本においてもこうした事例はたくさんあるだろう。しかし根本的に違うのはこれが人口100人あまりのごく普通の村での出来事であり。せまい村の中でこうした人々が、けっして完全に隔離されたり排除されたりしてないという点だ。このごろはやりの表現をかりれば、すべて個性としてあつかわれている。

誤解がないように付け加えれば、ソロモンの村では、なんでもありだというわけではない。いうまでもなく村には村の規範があり、さまざまな価値判断がある。だが、それらは日本の規範に比べると一般的に許容範囲が広く柔軟的である。

近代社会で個人が暮らす日常においては、多くの不条理があらかじめ排除されている。あるいは、いちど排除しておいて無毒化してから取りこむ。障害者も毒がなければ歓迎だが、毒がある者は巧妙に隠蔽される。

村の事件は、内から起こるだけでなく、外からも起こる。世界経済のちょっとした気まぐれで店の商品はなくなり。サイクロンがくれば家を捨ててマングローブの林の中で一晩ふるえる。マラリアが猛威をふるうと村の端から一軒ずつ人が倒れていく。老人や幼児はたやすく死に、呪術を持ってしてもそれをとめることはできない。そして、ここ数年は地球温暖化の影響から、島が、村人の住む場所が、沈んでいる。

もしこれが日本だったら大問題である。近代は威信をかけてそれを制御しようとするだろう。セキュリティとはそういうことだ。近代の究極の目的は、あらゆることの制御と予測の可能性を高めることであり、その実現をめざして邁進した結果が今の日本社会なのだから。

しかしソロモンでは起きてしまったことにあわせて後から対応するしかない。多くの不条理を事前に制御することは放棄されている(たとえば地球温暖化に対してどうしろというのだろう)。次から次に降りかかってくる様々なやっかいごとは、結果的にスキルの多様性をうみだし、それは人間関係の多様性につながる。

われわれ近代人の一生が、システムが用意した役割を、時にはちょっとした選択をしながら忠実にこなしていくことであるとするならば、ソロモンでは対称的に、予測不能で制御不能な複雑さに対して、臨機応変に対応していくのが一生の仕事なのだ。

蛇足

議論すべきことは、すでにすべて出し尽くした。

ここまでのところで日本とソロモンを極端に比較しすぎているという批判はあるかもしれない。いうまでもなく日本もソロモンも近代と非近代の両端にあるわけではない。(そもそも非近代は多様なのだし)。日本の中にも近代に取り込まれない不条理は存在し、ソロモンにもすでに近代性は繁殖しはじめているだろう。

あるいは、日本もかつては多様であったかもしれない。たとえば太平洋戦争直後には非近代的不条理に満ちていただろう。そうした記憶はまだ失われていない。同じ日本人でも、1970年に若者であった人間と、2000年に若者である人間の意識の隔たり想像以上に大きいかもしれない。

そして、ぼく自身、近代を批判する地平にありながら、まったく近代から自由になっていない。近代という釈迦の手の中で、もっともらしく演説をぶっているだけである。

これらの批判は甘んじて受けよう。そして以下は蛇足である。

ぼくは今、ぼくと彼らの間に存在する実態のつかめない相違に、「近代」という言葉をあててみた。はたしてこの言葉が事態をどこまで的確に表現しているのか、あまり自信はない。種を明かせば「ソロモンではセンター試験は絶対にできない。技術的にも、肉体的にも、精神的にも」これが今回の思索の始まりであった。

ビンロウの赤い液をそこら中に撒き散しながら、裸足で首都の街を闊歩する人々。他人の顔をまじまじと見つめる視線。馴化されていないしなやかな身体は、われわれの社会には失われた豊かさだ。近代に対峙される社会は決して一様ではない。未開・前近代という言葉はあまりつかいたくない。こうした世界をひとつの名前でくくるのは誤りである。そして、ぼくが理解できることは常に近代との差にすぎない。

人類学の仕事の出発点は、違う世界とまじわる身体的体験である。ぼくは今、ソロモン社会の中にいる。ぼくは常に不安に囲まれながら、こうして文字を記している。ぼくの理解したいという気持ちは、フィールドの現実によってしばしば裏切られる。そして、ぼくは再び文字をつむぎなおす。

しかしこの不安は決して悪いものではない。ほんらい人間はこうして不安の中にいることが自然のあり方なのだと思う。近代にうまく適応すると人は悩んだり困ったりすることが少なくなる。すると、あたかも馴化した自分が自然な状態であり、屈託や憂いがいかにも不健康なものに思えてくる(芥川や太宰が好きな、ぼくらしい感想でしょ?)。

思春期にある人間が悩んだり困ったりするのはいわば当然である。しかし、不条理が希薄な近代社会では、心が悩みを求めてささいな問題に過剰に反応しまうことは十分に考えられる。ちょうど生活環境があまりに清浄になりすぎたために、人の身体が本来たたかうべきターゲットを失って、ダニや花粉にアレルゲンをもとめて過剰な免疫反応をしてしまうように。

こうした若者にとって、もっともよい治療法は、異郷の地に身を置くことかもしれない。予測不能で複雑な人間関係においては、悩むための材料はいくらでもある。しかも自分自身の異質性が常に問われるのだから無視するわけにもいかない。そう、いわばカルチャーショック療法。

むろん、たとえ異郷の地に身をおいても、規格化された自分の生活をかたくなに守ろうとする(ひどいときは相手に押し付けようとする)かもしれない。異郷でひたすら日本の情報を求め、自分はあたかも観察者のように他者の傍らを通過する。こういう人々は確かにいる。そして、たぶんそういう人が求めるのは凡庸な幸せである。それはそれでいい。

フィールドの不条理は、まず、外から与えられた非日常として現れる。われわれはそれを目の当たりにすると、はじめのうちは誰しもとまどいを隠せないだろう。しかし、観察者の立場から、一歩内側に入りこんだとたんに、参加者、つまり生活者として自ら関係性を演出していかなくてはならなくなる。その瞬間に交換可能な他人は、交換不可能な知人にかわり、かけがえのない「私の場所」が生まれるのだ。

人類学者はしばしば「ぼくの村の話」をする。それは口ぶりはたいていの聞き手を辟易させるだろう。しかし、どうか寛大な気持ちでそれを許してほしい。彼はフィールドに恋をしているのだから。

次の話題